No.488
令和8年3月11日(水) 晴れ
朝晩、
まだまだ寒い日が続いております。
寒暖の差が激しいので
体調を崩されないよう御注意下さい。
m(_ _)m
花粉の飛散も多いので
辛い日が続きます。(T_T)
今日は東日本大震災のあった日です。
もう15年になるのですね。
毎年この日は、
震災関連の記事を投稿していますが、
今回は、
度々ご紹介させて頂いている
人間学を学ぶ月刊誌「致知」の記事の
ご紹介です。m(_ _)m
2026年3月号
特集「是の処即ち是れ道場」より
五木寛之さん連載記事
千年の名言 ”今を生きる言葉“から
長嶋茂雄さんの言葉を紹介していました。
長嶋さんが亡くなる数年前に
一度だけ対談に招かれ
言葉を交わしたそうです。
誰もが知る長嶋茂雄さん。
先入観で
ミスターと呼ばれる伝説の英雄は、
それこそ
常識ばなれした型破りで
個性的なイメージだったが、
実際お会いすると
配慮の行き届いた社会人
という印象に変わったそうです。
対談の中で、
五木さん著書
「他力」についてのお話があり
仏教的な内容ですが
どう感じられましたか?
と尋ねると
非常に共感するところが多くあり、
野球も「自力」だけでは駄目なんだと
おっしゃったそうです。
そして
スポーツは自力の要素が
大きいのではないかと
再度、尋ねると
「そうでもありません」
「キャッチボールだって、
ひとりじゃできませんから」
「こっちが投げたら、必ず返してもらう。
つまり人生そのものが、
キャッチボールのように思うのです。」
とおっしゃたそうです。
他力というのは
仏教の思想の一つで、
なかなか説明がむずかしいが、
仏教というのは
仏と人間との
キャッチボールのようなもの
かもしれない。
と、
五木さんは思ったそうです。
「キャッチボールだって、
ひとりじゃできませんから」
とてもシンプルな言葉ですが、
人生の本質を表しているように感じます。
キャッチボールは、
投げる人と受ける人がいて
初めて成り立ちます。
どちらか一人では続きません。
相手が受け取りやすいように投げ、
相手の球をしっかり受け止める。
その繰り返しが、
キャッチボールです。
私たちの人生も、
同じようなものだと感じました。
人は一人で生きているようでいて、
実は、
多くの人との関わりの中で生きています。
家族、友人、仕事仲間、
そして日々出会う様々な人たち。
その人たちとの
言葉や行いのやり取りが、
人生という時間を
形づくっているのだと感じました。
(ー_ー)
整骨院での仕事も、
まさに
キャッチボールのようなものです。
患者さんが
体の不調や悩みを話してくださり、
それをこちらが受け止める。
そして施術という形で、
こちらも
精一杯のボールを返していく。
そのやり取りの中で、
少しずつ信頼が生まれていきます。
良いキャッチボールを続けるためには、
強く投げることよりも、
相手が受け取りやすい球を投げることが
大切なのかもしれません。
日々の人との関わりの中で、
自分はどんなボールを
投げているだろうか?
そんなことを
考えさせてくれる言葉でした。(ー_ー)
人生は一人ではできないキャッチボール。
今日も誰かとボールを投げ合いながら、
日々を大切に過ごしていきたいものです。
いつも長原整骨院のブログを
ご覧いただきまして
ありがとうございます。m(_ _)m